教区青壮年特伝開催報告 (in 北見 常念寺)
彼は野山を駆け回るのが大好きな少年だった。そんな彼がバスケットボールを手にした。お寺の片隅にゴールを作り、ひとりシュートの練習をしていた。そしてある時ボールを通じての仲間が出来た。その仲間とチームを作った。少年はゲームに夢中になった。勝負の楽しさをおぼえた。勝つ喜びを味わった。負ける悔しさも味わった。より強くなるために練習を重ねた。ふと気がつくと少年だった彼は、青年から壮年と呼ばれる歳になろうとしていた。彼は考えた。はじめはボールに触れることだけで楽しかった。それが今では勝つことが目標となり、その目標に向かってチームは団結している。決して今のこの状況が不満なわけではない。しかし今と同じように走り回れなくなった時、このチームは僕を必要としてくれるのであろうか?スポーツの世界を離れても、この関係を継続していけるのであろうか?
6月30日、第19組北見常念寺を会場として、『3年目の夏〜玉ねぎの街でバスケットマンと〜』というタイトルのもと教区青年研修「青壮年特伝」が開催されました。今回の企画は自坊に戻り3年目を向かえる橋本正暁君が、バスケットボールチームの仲間にお寺という空間が、どういう雰囲気でどういう場所なのかを足を踏み入れることによって感じてほしい。また、僧侶とは決して近寄りがたい存在ではないということを、多くの僧侶と実際に話しをすることで知ってほしい。そして、バスケ以外でも一歩踏み込んだ関係を築きたい、という願いのもとでの開催でした。
講師は南3組開正寺住職金石潤導氏。人間には「生まれてからの願い」と「生まれながらの願い」がある。「生まれてからの願い」は、すべてがすえ通らない。その私に「むなしい」「悲しい」と突き上げられるかたちではたらき続けているのが、いのちそのものが求めている「生まれながらの願い」ではないだろうか。我々は「補完」、おぎないあう存在として生きていく。スポーツの世界でも同じ事がいえ、たとえ一人の活躍によってチームが勝利してもその中で、「お互いおぎないあえたね」と感じる事がなければチームは崩壊するだろうし、さらには勝ち負けを越えて相手チームによって補完されるという、深いところでのうなずきがないだろうか。その感覚こそが、「いのち」そのものからのうながしであり、「私がいかに生きるのか」という問いにつながるのではないか、とお話しいただきました。
懇親会では、参加者の緊張した装いはどこかへ吹き飛び、発想の新鮮さと20代のパワーを肌で感じました。断水騒動は鎮静化したと聞いていたにも関わらず、ミネラルウォーターを持参し北見入りした我々は、そんな騒動を全く感じさせない若さと勢いに圧倒され、朝の4時半に北見を後にしたのでした
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今回の企画は、橋本君からいただいた「嬉しい気持ちでいっぱいです!今はホッとした気持ちでいるのと同時に、これからどのように続けていくのか、という新しい課題が芽生えてます。思い描いたことは形にしていかなければと…。法話での、「補完」という言葉が心に残っていますし、今のチームにとって、そして自分自身にとって大切な言葉になりました。懇親会は、楽しい時間であっという間に過ぎていったという気持ちです。みなさんがいてくれたからこそあった雰囲気だったと思います!今回新しく教えていただけたこと、感じたこと、喜び、これからのことなど、沢山のことをいただくことができました。先輩に言っていただいたのですが、無理なく続けていけたら、そして、私も足を運びたい。」というメールの言葉に集約されるのではないかと思います。我々にとってもいろいろなであいがありました。
青壮年特伝は、思いさえあればどなたでも開催できます。参加人数などの条件は一切ありません。一人の参加者があれば我々スタッフが応援します。若い人はどうせ呼んでも来ない、土日は忙しい、など様々な理由はあるかも分かりませんが、この企画から恋が芽生えれば、そんな純粋?な考えでも構いません。この企画、実現したら楽しいだろうなあ、というその思いを一歩踏み出して形にしてみませんか?ご応募お待ちしています。
青年研修部会実行委員 第9組 光円寺 藤津 宗一