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北海道教区教化テーマ

教区教化テーマ「人間獲得(じんかんぎゃくとく)」

御遠忌テーマ〜メインイメージ

  人間とは、文字通り自他との関わりを生きています。しかし同時にどうしても埋まらない間柄に苦悩していくのも人間なのでありましょう。 私たちを取り巻く人間関係、社会問題、そして「私」が持て余す自分自身…

人間は、まさしく「悲(ひ)の器(うつわ)」(源信僧都(げんしんそうず))と教えられます。 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」という水平社(すいへいしゃ)宣言を受け、藤元正樹先生は「人の世にいのちの温もりあれ、人間にいのちの輝きあれ」と表現されました。  それは、人間をみそなわした如来の叫びともいうべき願心として、人間を問い願う言葉として受け止められたのだと思います。
 
 親鸞聖人は『自然法爾章(じねんほうにしょう)』において「獲(ぎゃく)の字は、因位(いんに)のときうるを獲という。得(とく)の字は、果位(かい)のときにいたりて うることを得というなり。」と、獲得という語を獲と得に区別しておられます。獲は「とる」、つまり、如来の願心(がんしん)を我が支えとする。それに対し得は「える」、 それは願心に我が身が満たされ、それによって生かされていくということであります。この獲得という教言は、自分自身の歩みが押し出され、更には育てられるという意味をもつのでありましょう。

  苦悩のなかを如来と共に生きることを「往生」といいます。それは、時に人間であることを失い、時に人間であることを奪われる世にあって、如来の願心に人間であることを問われ、 人間であることが願われている自分自身であるということを獲得する歩みなのでありましょう。

「人間獲得(じんかんぎゃくとく)」 それは、我・人共に、存在の大地へ還らんとする願いであります。

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