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社会教化部門

社会教化部門は、青年研修部会と少年研修部会にて構成されております。

第7期社会教化部門幹事 金石 晃陽

今期教化本部・社会教化部門で「真宗の僧侶として、なぜ社会問題に関わるのか。そのことを『浄土論註』をテキストとして、真宗に尋ねてほしい」との依頼を受けた。この依頼には、私の中にも未だに潜む宗門の旧き体質の克服という願いが込められている。
 私にとって、社会問題というと、「寝た子を起こすな」という言葉をこれまで何度か耳にしてきた。一応静かに収まっているように見える物事を、よけいな手出しをして、事を荒立てるな。いわゆる「見ざる・言わざる・聞かざる」の三無主義、事なかれ主義である。   しかし、如来は問う。「寝た子を起こすなというが、寝た子とは、一体誰なのか。眠り続けているのは、お前自身ではないのか」と。  この如来の問いに応答した人に大谷派における解放運動の先駆者に武内了温氏がいた。「私は差別者である。この徹底した自覚からしか、私の解放運動は始まらない」。 この如来の問いと武内了温の応答に生きる、そこに真宗の僧侶としての社会問題に関わる大切な一点があるように思えてならない。  その如来の問いに「我一心」として応答した人に曇鸞がいる。  ここで、今期十回の『浄土論註』の講義の要点を述べてみたい。

①まず、『浄土論註』(略して『論註』)を丁寧に読んでいきたい
②『論註』上巻は龍樹の『易行品』難行・易行の二道釈から始まる。自利利他を課題として歩む大乗の菩薩はなぜ地獄に堕ちることを怖れるよりも、二乗地(自利のみ)に堕ちることを怖れるのか。これは、私が大乗を学んでいるつもりでも、私の学びの姿勢・生き方そのものが小乗かもしれない。自利利他の主体は(私)ではなく、如来の回向によることを確かめる。
③浄土の二十九種荘厳功徳(国土十七種・仏八種・菩薩四種)の内、国土荘厳は「仏、もと(因位法蔵菩薩)此の莊嚴〇〇功徳を起こしたもう所以は、三界を見そなわすに(または有る国土を見そなわすに)という文で始まる。この「見有国土」の「有」とは迷いをあらわす。なぜ法蔵菩薩は、浄土建立を願われたのか。曇鸞の透徹した眼に映ったこの身の事実と、この身を生き作り出す身近で具体的な時代社会があるからこそである。曇鸞・親鸞・そして私の生きる現実社会のもつ課題を通しながら、如来の大悲心に触れていきたい。
④(上巻)の最後に、「八番問答」が置かれている。これは、回向門の「普共諸衆生 往生安楽国」の中の「諸衆生」とは、いかなる衆生なのかという問いから、『大経』の「唯除五逆誹謗正法」の文と『観経』の「下々品衆生」を取り上げ、「諸衆生」とは、「一切外道凡夫人」であることを明らかにしている。五逆、ことに殺父・殺母・殺阿羅漢、これも阿闍世の「回心」を通して「殺」の意味を考えたい。
⑤(下巻)は、『願生偈』の内容と課題を十門に分けて展開しているが、第六障菩提門・第七順菩提門において、何が菩提に順じ、何が菩提の障りになるのかを問い、そこに、「為楽願生」の有無を明らかにしている。私たちの学びが、いかに真摯であろうとも、社会問題への取り組みが積極的であろうとも、どこまでも自身住持の楽を求めんとする「為楽願生」になっていないかを問い続けたい。