親鸞Web | 真宗大谷派 北海道教区 教化本部のホームページ

HOME公開講座

公開講座

  • 9月の公開講座

    • 日時9月27日(木)18時~20時
    • 講師畠山 明光氏(湧別町 真宗寺前住職)
    • 講題9月、11月連続講座 「正信偈に学ぶ」

     真宗門徒は毎日お内仏の前で、毎月寄り合うお講の場で、毎年勤まる報恩講で、繰り返し「正信偈」をお勤めしてきました。また、葬儀や法事などにも勤められており、様々な生活の場面で有縁の人々と共に最も親しんでいるお聖教でもあります。五百年以上も前から門徒が親しみ続けてきた「正信偈」は、勤行という形を通して幼いころから耳に慣れ、暗誦しながらその響きを聞き、今日まで伝承されてきたと言えます。
    2018年8月より「東本願寺会館公開講座」は、「正信偈に学ぶ」をテーマに、文意ごとに区切りながら読んでいくことを通して、親鸞聖人から呼びかけ勧められている正信偈のお言葉を聞き、学んでまいります。
     なお、11月の公開講座は、11月14日(水)延塚知道先生(大谷大学名誉教授)をお迎えして開催を予定しております。

    [ 2018.09.05 ] 

  • 8月の公開講座【終了】

    • 日時8月20日(月)18時~20時
    • 講師楠 信生氏
    • 講題帰命無量寿如来 南無不可思議光

    親鸞聖人が作られた『正信偈』を勤行に用いられたのは、蓮如上人であるといわれております。この『正信偈』のお勤めについて聞かせていただいた、ご門徒の奥さんの実家のおばあさんのことが想い起こされます。そのおばあさんは、字を読むことができなかったそうです。それでも毎朝、勤行集を開いて御内仏でのお勤めをしておられたのです。孫であったその奥さんが横で見ていると、字を読めないにもかかわらず開くところは決して間違えることはなかったとのことです。その奥さんは幼い時、そのおばあさんに連れられて別院によくお参りに行ったご縁で、今お寺参りをさせてもらえますと話してくださいました。
     功徳の宝である念仏の行を正信する『正信偈』は、帰命の伝統を述べ伝えてくださったものでありますが、それをまた無数の人々が読誦し、聴聞して今の私たちに届けてくださいました。今回は、「無量寿如来に帰命し、不可思議光に南無したてまつる」の二句を伺いたく思います。

    [ 2018.08.07 ] 

  • 7月の公開講座【終了】

    • 日時7月20日(金)18時~20時
    • 講師小川一乘氏(留辺蘂町西照寺 大谷大学名誉教授)
    • 講題念仏成仏-念仏の一道に帰す-

     仏教は私たちが仏に成る教えですから、「あなたは仏さまに成りたいと願っていますか」とお尋ねしますと、ある時、親鸞聖人の教えを学んでいる方から「今どき仏さまに成りたいなどと思っている人がいるのですか」と反問されたことがありました。これには驚きました。それでは何のために親鸞聖人の教えを学んでいるのでしょうか。
     しかし、そのように言われてみれば、仏に成る(成仏)という、仏教における最も基本的な成仏道が、親鸞聖人の教えを学ぶ教学において、時機相応の教学に重点が置かれているため、少し疎かにされている現状に気づかされました。
     今回は、念仏の一道に帰した親鸞聖人の「念仏成仏」とは、どのような成仏道であるのか。念仏とは何のために称えるのか、成仏とはどういうことであるのか。そのことについて、私の「念仏を信ずるこころ」をお話ししたいと思います。

    [ 2018.07.06 ] 

  • 6月の公開講座【終了】

    • 日時6月22日(金)18時~20時
    • 講師新保 宗之 氏(第9組不退寺住職)
    • 講題「人間に生まるる事」

    昨年(2017年)は、真宗七高僧の第六祖・日本浄土教の祖といわれる恵心僧都(源信)没後一千年に当たりました。その源信は、横川法語(念仏法語)の冒頭、「それ、一切衆生、三悪道をのがれて、人間に生まるる事、大なるよろこびなり」と言っていますが、一体どういうことなのでしょうか。  一般常識からすれば、オギャーと生まれた時から、すでに人間として、人間と成って生まれてきたのではないでしょうか。しかし、源信は、人間に生まれた事(過去形)とも、人間に生まれん事(未来形)とも言わず、人間に生まるること(現在進行形)=人間に成りつつはあるが、成りきれてはいないのではないかと、問うて下さっているように思えるのです。  故林竹二先生(教育者・宮城教育大学第二代学長)の著作「授業・人間について」からの問い掛けや、インド・ベンガルでの野生児アマラとカマラのことが思い合わされてきます。  さらに、キリスト教と仏教の人間観の違い、三悪道とは等、限られた時間ではありますがみなさまと共に聴聞してまいりたいと思います。

    [ 2018.05.01 ] 

  • 5月の公開講座【終了】

    • 日時5月22日(火)18時~20時
    • 講師金石励成氏(第4組正樂寺住職)
    • 講題「念仏もうさるべし」

    「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと」と、『歎異抄』第9条に記されています。「念仏をもうしても喜びが起こらない」という唯円の告白です。その告白に対し、親鸞聖人も「この不審ありつるに」と、「私も同じである」と答えるのです。  この対話で明確になっていることは、二人とも、念仏をもうしていたという事実です。  一方、「現代」を生きている私たちは、特に、真宗大谷派の僧侶として、住職として、ご門徒の方々と教えを聞き、共に仏道を歩むべき私自身が「念仏をもうしていないのではないか」という課題にぶつかるのです。私自身に起きる事実に真摯に向き合い、その事実を引き受けて生きるということはどのような生き方なのか、「現代」を生きる先達の生き方を学び、尋ねてまいりたいと思います。

    [ 2018.04.01 ] 

  • 4月の公開講座【終了】

    • 日時4月27日(金)18時~20時
    • 講師齋藤 研 氏
    • 講題「一人(いちにん)の成就」

    人の身を受けて生まれてきたということは希なことです。しかし人の形をして生まれてきても、人と成っているかどうかは別の問題ではないでしょうか。つまり姿形は人であっても、その中身がどうなっているのか、どのような生き方をしているのか。その「人」とは何であるかを仏教では見つめ続けてきました。  「一人(いちにん)の成就」という講題をお出ししました。「一人」の文字は普通には「ひとり」と読みますので「いちにん」と読むのは耳慣れない読み方だと思います。それを「いちにん」と読ませたのは何故か。そして、その「一人」が「成就」するとはどういうことか。『歎異抄』のお言葉を手がかりに、お話させていただきたいと思います。

    [ 2018.03.01 ] 

  • 3月の公開講座【終了】

    • 日時3月26日(月)18時~20時
    • 講師石原 真衣 氏(北海道大学大学院博士課程在学)
    • 講題「サイレント・アイヌの物語」

    近年、アイヌ文化の社会的認知と、アイヌ民族に対する差別は飛躍的に改善されました。私の曽祖母は唇の周りに入れ墨をしていたため、いつも差別的な眼差しにさらされた人生を送りましたが、現在、アイヌのクウォーターである私はそのような視線にさらされたことがありません。アイヌ民族自身が、アイヌ文化を継承し、民族として誇りを持って、現代を歩むことができるような社会状況になりつつあります。  しかし、このような状況の中で、置き去りにされている痛みがあります。それはアイヌの血を引きながら、アイヌの歴史や文化、他のアイヌの人たちに対して、親近感を持てず、家族ともアイヌの問題について語ることもできず、社会の中でたった一人沈黙する「サイレント・アイヌ」の心の痛みです。この講座では、サイレント・アイヌが辿ってきた100年の物語を、皆さまと分かち合い、どのように今より明るい未来を拓くことができるのかについて、共に新たな物語を紡いでいきたいと思います。

    [ 2018.02.05 ] 

  • 2月の公開講座【終了】

    • 日時2月21日(水)18時~20時
    • 講師金石 励成 氏(第4組正樂寺住職)
    • 講題「念仏もうさるべし」

    「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと」と、『歎異抄』第9条に記されています。「念仏をもうしても喜びが起こらない」という唯円の告白です。その告白に対し、親鸞聖人も「この不審ありつるに」と、「私も同じである」と答えるのです。この対話で明確になっていることは、二人とも、念仏をもうしていたという事実です。一方、「現代」を生きている私たちは、特に、真宗大谷派の僧侶として、住職として、ご門徒の方々と教えを聞き、共に仏道を歩むべき私自身が「念仏をもうしていないのではないか」という課題にぶつかるのです。私自身に起きる事実に真摯に向き合い、その事実を引き受けて生きるということはどのような生き方なのか、「現代」を生きる先達の生き方を学び、尋ねてまいりたいと思います。

    [ 2018.01.05 ] 

  • 1月の公開講座【終了】

    • 日時1月23日(火)18時~20時
    • 講師狐野 秀存 氏(大谷専修学院学院長)
    • 講題「往生極楽のみち」

    「みんな、仏に成りたいと願って、この学院に入学したのです。」竹中智秀先生(1932~2006)は、大谷専修学院の歎異抄講義の第一声で呼びかけられました。たまたま寺に生まれたり、縁あって入寺することになって、とにかく真宗大谷派の教師資格を取らなければならない、ということで学院へやってきた学生たちは、いきなり「仏に成りたいと願っているのです」と言われてとまどっていました。しかし不思議なことに、一年間、歎異抄の講義を聞く中で、「仏に成りたい」とまでは言い切れないけれども、自分には願いがあるのだ、願いがかけられているのだという内面の声に気付き、顔を上げて卒業していくようになりました。『歎異抄』第二章で親鸞聖人は、関東から来た同行たちに、「ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり」と声をかけています。この聖人の言葉を私どもへの呼びかけとして聞いていきたいと思います。

    [ 2017.12.07 ] 

  • 12月の公開講座【終了】

    • 日時12月22日(金) 15時~17時
    • 講師金倉 泰賢 氏(秩父別町 高德寺住職)
    • 講題「報恩講に思う」 

    今年も東本願寺会館の報恩講をお迎えする時季となりました。報恩講に拝読される蓮如上人、御俗姓の中に「毎年の例時として、一七ヶ日のあいだ、形のごとく報恩謝徳のために、無二の勤行をいたすところなり。」とあります。何か最近、「毎年の例時として」というお言葉が非常に意味あるお言葉として思われます。例時とは日本国語大辞典によると、常の決まりの時刻ということであります。私たちの先達が何があっても、常の決まりとして受け継いで勤めて下さり、今、私達も勤めさせて頂く御仏事、報恩講のお心を今一度、確かめさせて頂きたいと思います。

    [ 2017.12.05 ]