2026.04.18
2026年4月1日(水)~3日(金)、2泊3日の日程で、今任期中最後の「原発問題班 現地学習会」を実施しました。視察場所は、長崎県長崎市に在る「長崎原爆資料館」をはじめ、 佐賀県玄海町に在る「玄海エネルギーパーク」「玄海原子力発電所構内」を訪れました。また日程中に、「玄海原発対策住民会議」にて活動されている方々、「佐賀県法律事務所」林田 直樹氏にお会いし、お話を伺う事が出来ました。
初日は福岡空港から入り、長崎県へ移動し、「長崎原爆資料館」を見学しました。1945年8月9日に長崎県に投下された「原子爆弾」により、一瞬にして長崎県の一部を廃墟とし、約7万4千人の市民が犠牲となる凄惨な歴史と原爆の恐ろしさを、先人が残してくださった多くの展示物、言葉として残された当時の悲痛な叫びを通して学ばせていただきました。展示物からは、原爆によって一瞬で多くのいのちが奪われたという事実と、生きたいという叫びが理屈抜きで伝わってきました。 「平和を取り戻してから半世紀が経ちました。みな辛い過去を忘れようとしています。でも私は、忘れ去られることが怖い。忘却が、新たな原爆を呼ぶのではないかと恐れています。」 これは展示されていた言葉の中の一つです。辛い過去を忘れ、その厳粛な事実を見失っていくのならば、根底にある問題や課題は伝わる事無く、風化の一途を辿ってしまうのではないか、だからこそ「忘れないでほしい」と、展示された言葉を通して痛烈に聞こえてきました。
2日目は佐賀県へ移動し、午前中に「玄海エネルギーパーク」を訪れました。ここでは高さ13メートルの実物大「原子炉」模型や、その原子炉に異常が発生した際に作動する「制御棒」の模型等を見学することができ、原子力発電の仕組みや、重大事故に備えた安全対策をより具体的に知ることができます。見学中、安全対策の一環として設けられている「原子力訓練センター」を拝見しました。ここは実際の発電所内を完全に模擬した訓練施設で、発電所内での様々なトラブルに対応するために日々訓練が行われているようです。施設内の説明がなされる中、重大な事故が起こりうる要因としての「ヒューマンエラー」を出来る限り無くすための訓練であるとお聞きしました。勿論、それは安全対策の営みとして大切な事であると思います。しかし私の中では、誤った作業手順により起きてしまった「JCO 臨界事故」と、北海道大学名誉教授 小野有五氏の「原子力は人間の能力を超えており、そもそも扱えるものではありません。それを扱えるという人間の思いが間違いだったのではないかと思います」というお言葉が同時に思い起こされました。「ヒューマンエラー」は訓練で無くなるものなのか。そのエラーが起きた際にはどうなってしまうのか。取り返しのつかない事態になり得る「原子力」から生み出される電気を使用しながら生きている私とは、人間とは如何なる存在なのかと、あらためて考えさせられる時間でした。
午後は佐賀県唐津市に在る「大成公民館」へ移動し、「玄海原発対策住民会議」という団体の成冨忠良氏、浦田関夫氏、「原発と放射能を考える唐津の会」世話人 吉田恵子氏と合流し、原発問題に関わる様々なお話を伺わせていただきました。団体としてどのような活動をしているのか、玄海町に原発が誘致された時、高レベル放射性廃棄物最終処分場文献調査を受け入れた時にどのような問題が起こったのか等を熱心にお話下さいました。また、私たちの率直な質問に対して丁寧に応答していただき、有意義な時間をいただいた事であります。
最終日は、「真宗大谷派 九州教務所」へ赴き、教務所内会議室をお借りし、「佐賀県法律事務所」に所属する林田直樹氏のお話を伺いました。林田氏は現在、主に「九州玄海訴訟」 の事務局として関わっているとの事でした。そこには、多くの原告(※原告団は2015年11月に1万人を超えています。)の方々とともに、大きな世論として原発問題を解決していく筋道を作りたいと仰っていました。それは、どこまでも私たちの子や孫の世代に「負の遺産」としての原発を残すことはできない、安心して住める社会環境を手渡したいとの願いが根底にあるからこそと語られました。しかし、解決の糸口がなかなか見えにくく、 現在は「その内変わるであろう」という国民意識になりつつあり、求心力の低下も否めないという事に悩まれていた事が印象的でありました。
今任期中、3度現地学習会に関わらせていただく中、各地の現場において、「いのちがけ」 で活動されている多くの人々に出会わせていただきました。その現場から、「いのちがけ」 でこの事を「伝えたい」という姿勢を拝見させていただいたと感じています。出会った人々の姿勢から、私にとっていのちがけで伝えたい事とは一体如何なる事なのかと、深く問われた現地学習会であったかと思います。またとないご縁をいただき、誠にありがとうございました。 (報告者:黑萩貴仁)